Mar 31, 2010

ワキガに効果がある永久脱毛

マンネリというのは、脇にあるアポクリン線が肌の最近と反応して独特の臭いを発生させる病気です。マンネリは、腋臭の手術をして向上させることが、再発することも多いです。最近マンネリに効果があるとして注目されているのは永久脱毛です。永久脱毛するとワキガが改善された事例が報告されています。
レーザー脱毛は、美容整形や美容皮膚科などの医療施設をはじめ、エステサロンなども行われている除毛の方法となっています。レーザー脱毛は、アレルギーや敏感肌に関係なく行うことができるようになっています。レーザーは黒い色素に反応する性質を利用して毛根にあるメラニン色素に集中させることで、髪の再生を防ぐ効果があるとされています。
 ◇「第二の郷に」 地元愛鳥家ら営巣期待
 東近江市の愛知川河川敷で先月29日、国の特別天然記念物コウノトリ2羽(雌)が、仲良く餌をついばむ姿が撮影された。1羽は既に1カ月以上、河川敷に定着しているとみられ、兵庫県立コウノトリの郷(さと)公園(同県豊岡市)は「原風景的な湿地、里山が残っている証拠」と評価する。かつては滋賀県内でも野生のコウノトリが営巣したとされ、愛鳥家らは「次は雄が飛来してつがいになり、愛知川が第二のコウノトリの郷になれば」と夢を膨らませている。【加藤明子】
 彦根市の男性(64)らが撮影したコウノトリの画像を長浜市の湖北野鳥センター専門員、植田潤さん(41)が分析した結果、同公園が取り付けた個体識別用の足輪から移動経路が分かった。
 1羽は3月23日以降、東近江、愛荘両市町の愛知川河川敷で度々目撃されたJ0022。昨年6月、豊岡市の人工巣塔でふ化し、山口、和歌山、鹿児島、大分各県を経て来県した。河川敷に架かる御幸橋やその下流の駐車場が観測地点となり、毎日のように愛鳥家らが様子を見守っている。
 もう1羽は08年生まれのJ0009。兵庫県上郡町が「幸(さっ)ちゃん」と命名し、特別住民票を交付した個体だった。住民団体「幸ちゃんを見守る会」が結成され、人工巣や餌の費用を賄うため募金活動を展開したが、野焼きや狩猟シーズンに重なり“引っ越し”。四国から東北まで広い範囲を活発に飛び回り、追っかけ主婦もいる人気者だ。東日本大震災の発生後から4月初めにかけては宮城県で確認された。上郡町の担当者は「被災地に『幸福』を運んだのだろう。滋賀に来たと聞いて懐かしさが込み上げてきた。また上郡町に寄ってもらいたい」。
 滋賀県野鳥の会が4月に愛知川周辺で行った探鳥会では57種類を観察した。愛知川は川幅が広く、流れが穏やかな浅瀬が続く。川沿いには帯状の森が連なることから水辺の鳥と森の鳥が混在し、多様性を残している。1930年代に100羽近い個体が確認され、71年に最後の野生種が絶滅した豊岡市の円山川流域によく似ているという。岡田登美男会長(66)は「明治時代には県内でも旧今津町(現・高島市)などで野生のコウノトリの営巣が確認された。放鳥2世、3世が増えれば愛知川でコウノトリが繁殖してもおかしくない」と語る。
 植田さんは「コウノトリが飛来すると、今まで見向きもされなかった自然の大切さが再認識される」。日本野鳥の会滋賀の石井秀憲代表(74)らは愛知川で餌が足りなくなるのを心配し、県や東近江市にドジョウの放流や豊岡市との姉妹都市提携などを打診した。コウノトリを驚かせないよう河川敷の中までは入らないなどの暗黙のルールを設けて観察を続けている。
 県自然環境保全課は「今いる個体を引き留めたり、餌付けしたりするのは難しいが、コウノトリの定着はうれしい。愛知川の生態系を高める取り組みにつなげたい」と期待している。

5月17日朝刊

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 近江八幡市安土町石寺にある石の寺・教林坊(広部光信住職)の境内に15日、古いお地蔵さんが安置された。推古天皇の時代、聖徳太子が同寺のある繖(きぬがさ)山山麓(さんろく)に8体安置したと伝えられ、広部住職は「そのうちの1体とも思われ、大切に祀(まつ)りたい」としている。
 お地蔵さんは、高さ約1・5メートル、幅約70センチ。重さが1トン近くある湖東流紋岩に、磨崖仏(まがいぶつ)のように高さ30センチほどのお地蔵さん4体が彫られている。寺に隣接する無住の古民家の裏山に安置されていたのを広部住職が知り、移設することになった。作業は3日がかりで、お地蔵さんは約150メートルの坂道を“引っ越し”。境内にあった1・5メートルの巨石や常夜灯とともに、教林坊の前庭の一角に参拝客を出迎えるように安置された。
 教林坊は、西国32番札所、観音正寺の現存する唯一の塔頭(たっちゅう)。同寺とともに聖徳太子が605年に創建したとされる。織田信長が観音寺城を攻略した際に焼失したが、江戸初期に桑名藩主・松平定綱が再興した。庭園は古墳の巨石を活用した池泉回遊式の庭園で、小堀遠州作と伝えられる。
 広部住職は「お地蔵さんが祀られていた古民家の近くには別の塔頭の坊跡があった。これまで人目に触れない所に安置されていたので、これでお地蔵さんも浮かばれる」と話している。【斎藤和夫】

5月17日朝刊

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