Jan 31, 2009
外壁塗装家の外側のクリーニング
外壁塗装は家の姿を、見違えるほどきれいになります、外壁掃除などでもある程度綺麗にされますが、どうせやるなら思い切って外壁塗装をしたことが大きな効果を得ることができるかと思います、塗装後、まるで新築のような外観を取り戻すことができることだと思うして、自分の家も、以前の外壁塗装をくれと言ったが驚くほどスッキリします。オール電化による住宅の設計が増えているようですね。注文住宅の依頼も確実に増加しているようです。環境に対する意識が強いとも言えることではないでしょうか。自分でいることを積極的に行なっていくことが重要になるでしょう。注文住宅の最新情報についても調べるようにしましょう。知識が求められているのです。
【転機 話しましょう】(27)
大きな体と優しい笑顔。俳優、西田敏行さん(63)には、どこか強くて温かいお父さんのイメージが重なります。現在公開中の映画「星守る犬」では、家族を思いながら旅をするお父さん役を熱演。実際の人生でも、西田さんにとって“親”の存在はあまりにも大きく、言い聞かされてきたある教えを守り続けているそうです。(岡本耕治)
■舞台こそ天職
ほとんど公にしてこなかったことがある。育ての親と生みの親がいたこと。それを会見の場で明かしたのは1年前の冬。主演ドラマのお披露目の場だった。戦災孤児だった主人公を演じたことで、自身の過去が重なったという。
実は5歳のときに養子に出された。父が亡くなり、同じ福島県郡山市内に住む母方の伯母夫婦に引き取られたのだ。「母は再婚してしまったからね…」。幼い身に突然降りかかった悲劇。しかし、養父母について語る表情は幸福そうだ。
「大きな愛情を注いでくれて、僕の骨格を作ってくれた」。夫婦そろって大の映画好きで、よく劇場に連れて行ってもらった。小学5、6年生の頃には早くも役者を夢見たという。
そして、「役者になるには標準語を話せなければ」と、東京の高校に進学。卒業後の昭和41年からは俳優養成学校に通った。
45年には名門・劇団青年座に入団。山岡久(ひさ)乃(の)さん、初井言(こと)栄(え)さんら大女優をはじめ多くのベテランが在籍していたが、1年後には名作「写楽考」の主演に抜擢(ばってき)された。「舞台こそ自分の場所」。天職だと思った。
■まさかの「紅白」
「源さんでしょ?」。48年、青年座の公演で岡山県に出向いたときのこと。バスで移動中に見知らぬおばあさんに声をかけられた。
当時はテレビにも進出。NHKの連続テレビ小説「北の家族」で大工の源太郎役として出演中だった。
「あ、はい」と答えると、女性はにこやかな表情でこう言った。「うちの物干し台の足場が壊れたの。今度直してね」
舞台俳優が役名で呼びかけられることは、まずないことだ。「テレビってすごいと思った。僕の演じた役が、彼女の日常にしみこんで生きている。それがうれしかった」
けれども、舞台の世界がテレビドラマに注ぐ視線は冷ややかだ。「芝居の“脚力”が落ちる」「楽をしている」といった中傷も俳優仲間から受けた。ただ、こうした視聴者とのふれあいが重なり、「舞台俳優という枠へのこだわりが消えていった」という。
人気に火がついたのは55年のテレビドラマ「池中玄太80キロ」。56年には、自ら歌った主題歌「もしもピアノが弾けたなら」が大ヒットし、同年のNHK紅白歌合戦に出演を果たした。
当時の紅白は視聴率70%を超える“お化け番組”。「ルビーの指環」を歌う寺尾聰さんに続き、白いタキシードにシルクハット、銀色のマントというど派手な衣装で登場し、スポットライトを浴びて熱唱した。
「絶頂」という言葉は決して言いすぎではないだろう。しかし、「人気」は魔物だ。これまでに何人もの優秀な俳優や歌手が、人気の絶頂で己を見失い、消えていった。この晴れ舞台が、あるいは「俳優・西田敏行」の一番の転機だったのかもしれない。
「紅白」の余勢をかって仕事の比重を歌手に移すこともできた。全国に浸透した人気にあやかって、マルチな活動に向かう選択もあったはずだ。しかし、俳優という軸足がぶれることは決してなかった。
「人気と役者の実力は別だと分かっていた。『増長するな、ひとさまあっての商売だぞ』って養父母に言い聞かされていたからね。慣れが一番怖いんだよ。何でも常に舞台と同じ緊張感を持って臨んでいれば、大丈夫だって思っていた」
■体力を過信し…
その日は朝から細かい雨が降っていた。平成15年3月の夕暮れ、意識が遠のき、気がつくと病院のストレッチャーの上。医者の「心筋梗塞だね」という声が遠くで聞こえたという。
映画「植村直己物語」(61年)の撮影やドキュメンタリー番組で、エベレストやアラスカを探訪するなど、身体は頑強そのもの。63年には「釣りバカ日誌」シリーズがスタート。青年座の公演とドラマ、映画もこなす過密日程も持ち前の体力で乗り切っていたが、そこに過信があった。俳優という仕事は身体が資本にもかかわらず、昔から健康には無頓着だったからだ。
幸いにも症状はそれほど重くなく、2カ月後には仕事に復帰。「よく食べたし、飲んだからね…。おれもちゃんと寿命があって死ぬんだなって思い知らされたね。最後ぐらい笑ってさよならを言う余裕を持ちたい。もう無理はしないよ」
《増長するな》。自分を育て、戒めてきた養父母の教えは、今も胸中に息づいている。
■「最大公約数的なお父さん」演じる
−−主演作「星守る犬」が公開中です。家庭を失い、犬の「ハッピー」とともに車で旅する中年男の物語をどう感じられましたか
「大阪に移動中、新幹線の中で原作(人気漫画家、村上たかしさんの同名作品)を読みました。もう浜松あたりで号泣、名古屋では出演を決めていましたね。家族から疎まれながらも(家族を)守ろうとして、結局守れない男。そういう最大公約数的なお父さんを演じたつもりです」
−−昔から動物や子供と共演すると役を“食われる”と言いますが
「ハッピーは僕の役を食ってやろうとは考えない。その無心さがかえって心をつかむんです。彼の演技に見事にもっていかれちゃいました。泣いちゃった」
−−東日本大震災の被災地が多く映っていますね
「震災前の東北の美しい海岸沿いが記録されています。日常のはかなさ、いとおしさをみんなが実感した今、すごくしみる作品だと思います」
〈にしだ・としゆき〉昭和22年、福島県生まれ。45年に劇団青年座入団、同年「情痴」で初舞台を踏む。昭和50年代には、テレビドラマ「西遊記」や「池中玄太80キロ」で人気者に。映画では、平成元年に「敦煌」で、6年には「学校」「釣りバカ日誌6」で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。16年には「ゲロッパ!」「釣りバカ日誌14」でブルーリボン賞主演男優賞に輝いた。「釣りバカ日誌」(63年〜平成21年)では全22作で主役を務めた。平成20年、紫綬褒章受章。
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